コルナゴ部長の阿蘇天空の旅

阿蘇くじゅう国立公園に位置する阿蘇内牧温泉からロードバイクで走るの魅力を紹介します。

水戸家の佐々助三郎、菊池に来る。

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嶋屋日記の紹介です。

この日記は、寛文12年(1672)から文久2年(1862)にいたる190年間の菊池郡の文教・経済の中心地であった隈府町(現在の菊池市隈府地区)の豪商嶋屋に伝来した8冊からなる日記で、商人の手控として記録されています。(菊池市文化財指定)

内容は、菊池に今も伝わる能「松囃子」(熊本県指定文化財)や、米穀その他の物価、いろいろな事件、世相などが詳細に記録されています。これは菊池地方のみならず、肥後藩内および隣接諸藩、また商取引の関係で大阪・江戸や各地の事情を知る上で貴重な資料でもあります。


これから気まぐれに、この嶋屋日記をもとに、150年から300年以上前の菊池のニュースを紹介しましょう。
初回は、【水戸家の佐々助三郎来る】です。


水戸黄門は、水戸藩主で権中納言であった徳川光圀の別称であり、その黄門さんが助さん、格さんと共に世直しのため日本各地を漫遊したという物語で、ご存知のとおり昔からテレビの人気番組です。

テレビのようなことが事実かどうかは別にして、助さんこと佐々助三郎がかって菊池郡隈府町にきたのはこの日記から事実であることがわかります。ただし、ご老公(黄門さん)と一緒ではありませんでした。


嶋屋日記 年々鏡より

貞享二年(1685)八月
水戸様御家来
佐々助三郎殿・丸山雲平殿御両人御回国なされ、その節正観寺へ御参詣、いろいろ宝物御覧なされ、諸国ともに古跡御覧なされ候よし、同下旬に当町へ御一宿、御宿は中町清兵衛所にて、大守様殊の外御馳走仰せ付けられ、すべて山鹿の方にお越しなされ候。御惣庄屋河原杢左衛門殿、河原村庄屋亦兵衛、染土村次兵衛、御前御用相勤め候に付き、金子 百疋ずつ拝領、御先祖 備前殿知行の由にて、右の通り。戈も、右両人ともに御礼のため山鹿へ罷り出候。

来訪したのは水戸公のご家来ということで、細川藩主も「殊のほか御馳走」とあるように、藩主でも光圀公の家来であっても平伏したでしょうし、普通ならお付きの者を派遣するのがならわしですが、助三郎らが仰々しい警護を断ったとして思えないことです。

「正観寺へ御参拝」とありますが、菊池十五代の武光公の菩提寺が正観寺であり、光圀公は当時「大日本史」を編纂していたので、南朝の忠臣である菊池氏の資料収集のためであったかも知れないと思われます。とにかく隈府町では送迎やら何やらで、たいへんな騒ぎであったことは想像できることでしょう。


引用 菊池市史編纂委員会発行「嶋屋日記」 中尾康幸著「温故知新」
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  1. 2010/07/24(土) 18:30:46|
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