コルナゴ部長の阿蘇天空の旅

阿蘇くじゅう国立公園に位置する阿蘇内牧温泉からロードバイクで走るの魅力を紹介します。

読書の秋、本で楽しむ菊池

1022
これは内田康夫著【菊池伝説殺人事件】、あの浅見光彦シリーズの菊池一族の末裔が舞台となった推
理小説、昨年こちらでテレビの撮影がありすでに放送されました。

「清少納言と西郷隆盛と菊池寛が親戚」-----と冒頭から、西郷家は菊池初代則隆公の一子で政隆氏
を祖とし、菊池寛は菊池十代武房公の弟、赤星有隆が祖、清少納言はこの本で始めて知りました。

この初版は1989年、もう何度も読みましたが本に登場する菊池神社や、夫人(愛子)が菊池出身でそ
の話を聞いて菊池の景色が見えてくるように描かれた徳富蘆花の【思出の記】の一節の紹介や菊池一
族の話しなど読んでいて厭きることはありません。


また、熊本の名の由来の記述には、「菊池氏の本拠は隈部城(くまべ)と菊池城があり、菊池氏が肥後
国の守護職となり、ここに城府を置いたことから「隈府(くまふ)」と呼ばれました。
現在の菊池市の中心地の隈府(わいふ)は、もともと加藤清正が隈本(くまもと)に城を構え、その地を
「隈府(くまふ)」と称したことから、混同を避けるため「わいふ」と言うようになりましたが、それまで
は名実ともに、れっきとした肥後国の中心でした。」

昭和59年発刊の菊池秀之著「因縁の菊池氏」の紹介もあり、そのなかで菊池一族の末裔の菊池(地)
姓の全国の分布では当時およそ9万戸、総人口は27万~28万だろうと、最も多いのが岩手県の11652戸、
2位が東京都の9,777戸、以下、北海道9430、神奈川6870、宮城6326、茨城6136、埼玉4779の順、

熊本は少なく348戸、菊池ではたったの10戸、損得を考えず常に天皇方につき戦った忠節は24代武包
のときついに大敗し菊池城を捨て当地から離散、463年続いた肥後菊池家の正統は絶えてしまいました。

その後、菊池一族は名前を変えて潜伏したり、遠くの地へ逃れたりし北国に多い菊池氏が多いのも当
時の迫害を物語るのではないでしょうか。
そして、一旦姓を変えた者も時代の流れとともに、名門藤原家である菊池姓にもどして祖先の栄光を偲
び安住の地として生活を始めたのでしょう。

さて、殺人事件のほうは「埋蔵金」と絡んで意外な展開に・・・・。

菊池に縁がある方、菊池にこれからお越しになる方、おすすめの一冊です。






1023
詳しい専門書もロビーの本棚にありますのでお気軽にどうぞ。

明日から「ツール・ド・しものせき」に行ってきます。
海峡と歴史を秘めた街並みを体全体で感じてきます。
もちろん、前泊し海の幸を堪能して下関観光の発展に寄与してきます。
26日報告しますのでお楽しみに♪
スポンサーサイト
  1. 2009/10/22(木) 21:08:55|
  2. スピリチュアルスポット
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<ツール・ド・しものせき、走ってきました。 | ホーム | 餌も菊池米で育った牛>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kikuchinokoto.blog88.fc2.com/tb.php/354-395f794d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

Author:コルナゴ部長
コルナゴ部長のブログへようこそ!


自己紹介
阿蘇内牧温泉の温泉旅館から欧州の山岳コースを彷彿させる阿蘇サイクリングの愉しみ方を紹介しています。

最近の記事

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

カテゴリー

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数: