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コルナゴ部長の阿蘇天空の旅

Trip Tips in ASO Big Sky

太宰府への道、博多への道

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東日本大震災の復興に向けて陸前高田商工会女性部が全国から寄せられた着物の生地で桜の花を作り、震災の犠牲者数とされる18430個の吊るし飾りした「願い桜プロジェクト」にちなんで、願い桜の飾りを付けたたすきを、沖縄県・北海道・青森県のルートから陸前高田市で桜が開花する5月にサイクリストによるリレー形式で被災地に届けるプロジェクトに参加してきた。前回は熊本から久留米間、今回は久留米から博多間をイワイサイクル社長やメンバーのみなさんと走ってきた。

JR久留米駅をスタートする前に高良山にある高良大社を訪ねた。ここは地元の自転車乗りの練習コースというから熊本で言えば金峰山のようなものだろう。この日は麓にある陸上自衛隊の幹部候補生学校の高良山登山走が行われていた。この地域はわたしが住む菊池市とゆかりがあって、天下分け目の「関ケ原の戦い」に指摘する10万人が組み合い菊池一族が勝利した「筑後川の戦い」の場であり、当主の菊池武光が血のりの付いた刀を川で洗ったことから「大刀洗」の地名になり、そこには菊池小学校や菊池保育園や菊池簡易郵便局など「菊池」の名が残っている。大刀洗公園には1937(昭和12年)年に菊池武光の銅像が建立され、それを参考に1992年(平成4年)に菊池武光の騎馬像が菊池市民広場に建立された。

1359年、後醍醐天皇が征西将軍として派遣した懐良親王と、菊池氏15代当主菊池武光の宮方4万人が、足利尊氏勢の少弐頼尚ら武家方6万人と、九州を二分する覇権争いとなった大原合戦(筑後川の戦い)が、筑後川を南北にはさんだこの目の前で繰り広げられた。今年、生誕700年を迎える菊池武光は、筑後平野を一望できる高良山に布陣し綿密な戦術により打ち勝ち、勢いに乗って太宰府、次いで博多を落とし九州を統一、懐良親王と武光ら菊池一族の最盛期を迎えることになった。

菊池武光によって創建された菩提寺、正観寺はわたしの家の前にある。ここには武光の墓があり、墓標とされる樹齢千年の樟は私の部屋の窓の景色となっている。早朝、小雨に打たれながら、ゆかりのある地に立ち、高良大社に参拝した。菊池武光が馬で駆け抜けた太宰府への道、博多への道を自転車で辿ってみるというのも今回の目的である。





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イワイスポーツは今年創業100周年、ツール・ド・フランスが106回、ジロ・デ・イタリアが102回というからその歴史には驚くばかりだ。わたしは2007年にコルナゴのCLXの赤黒が欲しくて九州内の自転車屋を探しまくり、イワイスポーツに実車があり即購入した。2010年には現在のM10を購入し以来エースとして使っている。年に一度、ツール・ド・沖縄の前にメカニックのコイデさんにメンテナンスしてもらっているが、彼にかかると別物の自転車に変貌し、ペダルを踏めばスーッと静かにまっすぐ流れるように進むようになる。動くものには経年劣化というものがあるが、新車に生まれ変わるこのアシスト感を知ると自転車は自転車店で買うべきである。





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スタートはJR久留米駅、ゴールは太宰府天満宮を経由して博多駅という自転車で走るには交通量の多いコースとなる。筑後川を渡ると西鉄天神大牟田線の宮の陣駅の横を通った。ここは筑後川の戦いの際に懐良親王が陣を張ったところで地名として残っている。銅像がある大刀洗はコースから外れたが太宰府に向けてわたしの歴史街道を進んだ。





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来たぞ、太宰府天満宮






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食べたぞ、お石茶屋の梅ケ谷餅






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以降、菊池一族の足跡を辿る聖地巡礼であり
思いを巡らしただ走るのみ・・・





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敵も、進んできている。もはや一里距離しかない。それが、すぐに半里に縮まった。魚鱗に構えた七千はさすがに壮観で、圧倒してくるような迫力があった。

「怯むでないぞ」
武光の声が、全軍に響き渡った。

「菊池の力を見せてやれ。武時公以来の無念を晴らすのは、いまをおいてない。城武顕。行けっ」
先鋒の騎馬槍隊から、土埃とともに鯨波(とき)があがった。槍の穂先を揃えた騎馬槍隊が、魚鱗の中央の旗にむかって突撃していく。

「騎馬一番二番、右翼。徒は、城武顕に続け。恵良惟澄、左翼より迂回」
武光の下知は、その場の戦況を見て下すものだった。判断の速さに、いつも唖然とさせられるほどだ。阿蘇外輪山の原野で、鍛えに鍛え抜いた精兵である。下知を受けた時の動きは素晴しかった。

「雑兵には眼をくれるな。狙うは大将の首のみ。征西府と、菊池の命運を賭け戦ぞ。生きて帰ろうと思うな。」

武光は太刀を抜き放った。

「御所様、参りますぞ」

ひときわ高く、武光の叫び声があがった、二百五十の騎馬が、一斉に走りはじめた。先頭に赤星武豊以下十数騎。それに忽那重明の十数騎。次にはもう、懐良と武光と頼治が並んで続いていた。


北方謙三著 「武王の門」より






FLUCTUAT NEC MERGITUR 
 --- 漂えど沈まず ---



  1. 2019/10/24(木) 14:18:00|
  2. ロードバイク
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自己紹介
2019年6月1日より道の駅阿蘇サイクルアドバイザーに就任しました。
菊池温泉と2012年から阿蘇内牧温泉で旅館業の傍ら、2007年からロードバイクとブログを同時に始めて多くの自転車乗りの方と接することができました。この経験を生かし阿蘇で楽しむサイクルスポーツの魅力を発信しています。

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