コルナゴ部長の阿蘇天空の旅

阿蘇くじゅう国立公園に位置する阿蘇内牧温泉からロードバイクで走るの魅力を紹介します。

脳外科医さん、さようなら

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脳外科医さんが1月10日お亡くなりになった。
昨年5月、告知された病を自身のブログで明かし余命宣告も語られた。その直後の脳外科医さんの言葉が強い。

「思っていたよりひどかったですな。でも大丈夫。落ち込んでいませんし絶望も脱力もしていません。ただし奇跡も期待しません。超堕落したとはいえ医者の端くれ、科学的根拠のあるデータを信じて、それにのっとった治療を粛々と受けるだけです。」

写真は昨年自分で撮られたなかのベストショットと2013年総括で紹介されているもの。
「人物はほとんど撮らないわたくしめですが、この母子には幸せを感じさせられます。」と『幸せ』が選ばれた理由。場所は菊池神社の表参道、本人もここの桜が好きと語られている。撮影は3月で病のことはまだわからない普通の生活をされているときだが選ばれたのは病が重くなってきた昨年末。満開の桜を背景に二人の子供をフレームに入れる母の姿は幼少の頃を懐かしむと同時に優しさを求める心理があったのかも知れない。

わたしは2007年12月からブログを始めその頃偶然に脳外科医さんのブログ「脳外科医の秘かな愉しみ」を見つけた。同じ自転車乗りの熊本の人だと判ると更新を楽しみにしていた。脳外科医さんは2005年10月からブログを始められて、自転車もそれ以前から乗られており次々に出てくる専門用語はとても新鮮であるとともに勉強にもなった。当時、わたしの職場がある菊池温泉にもよくサイクリングに来られており一度だけコメントしたことがある。以後連絡することもなく、もちろんお会いしたこともなかった。昨年8月、脳外科医さんが一旦退院されたお祝いの席に共通の自転車仲間を介して初めてお会することができた。顔さえ知らなかったのに昔からの友達のように話した。何気に「ツールやジロのコースに行ったりなんて」と尋ねると「後が無い者にとって普通の生活が一番です」と言われ読みの甘さを悔やんだ。そこで、外輪山を走ったり早朝の狩尾峠の写真撮影にでも宿へお誘いした。


12月8日、自転車のお泊りの方がちょうど着かれたとき、見覚えのある方が庭の先から歩いて来られた。玄関横のバイクスタンドに掛けてあるロードバイクを指差し笑いながら開き戸を開けられた。まさかの脳外科医さんと奥様だった。呆然としていると「来ちゃいましたよ・・・」。来られることが判っていたら予約されていた部屋よりもっとも宿らしい部屋に変えたかったが先客がありこれは今でも後悔している。「お構いなく」と脳外科医さんの言葉を振り切って食後に宿のバーで飲むことを了解していただき地元の友人に阿蘇らしいつまみとわたしの腹の足しを用意してもらい二人を迎えることにした。

バーではカウンターに座り三人で乾杯した。わたしの十八番の微発泡赤ワインはお酒が苦手の奥様も美味しいと飲んでいただいた。馬刺しや馬レバー刺し、あか牛のたたき、それに豆の木さんのパンを用意していたが食後なのにお二人とも結構食べてもらった。カメラやお互いのブログのことなど話し自転車のことになると「貧血と痛みでもう乗れない」と現実の脳外科医さんの置かれた立場に戻った。ここからわたしはしどろもどろで力を与えるよいうな言葉も何も浮かばずも聞き役を避けるためそんなに酔っていなかったが訳のわかないことをしゃべった。「あとがない私」と言われると言葉が全然浮かばないのだ。

「最後にもう一杯いいでしょうか」と並んでいる酒瓶を眺め「山崎をロックで」と言われた。そんなしぐさがとても嬉しかった。バーが出来て1年以上になるが初めてカウンターに立った。バカラのグラスがあったのでそれに氷を入れて山崎を注いだ。「美味しい」と笑顔で感謝を述べられ「これが最後、次はないですから」と言われた。わたしは思わず泣きそうになった。奥様を見ると平静さを装っておられたが目線は下になった。この夜、脳外科医さんの大切な時間を一緒に過ごすことができてとても嬉しかった。お二人と別れたあと残りのワインと焼酎瓶を握り使っていない客室でひとり飲んだ。記憶はそこで飛んでしまった。

脳外科医さんのお姉さまがブログにコメントを書かれていた。それには1月6日までは家族と正月を過ごされ友人の飲み会や新年会にも出席されていたそうだ。しかし、7日に容態が急変し8日に入院10日正午前にご家族に見送られ帰らぬ人となられた。脳外科医さんは開業医で余命1年の宣告を受けながらも年末まで患者さんのお世話をされ、最後の方の紹介状を書いて病院を閉じゆっくりされていた
 
2013年の総括には、「50歳になる来年5月までは元気でいたいなあ、それが今のわたしの精一杯の願望です」そして、1月2日の返信には「できればサッカーワールドカップは是非とも見たいもので6月まではくたばるわけにはいきません」とまだまだ元気だった。脳外科医さんの決意は医者であるからこそ与えられた命の最後の過ごし方を教えてくれたように思う。それは避けられない事態になったときこそ正面から向かい合うことであり自分の生き方を貫くことが一番正しいというものである。しかし、普通の人間だったらそれは理想でありご本人も現実はそういうわけにはいかないと感じられていた。

「わたくしは今のところ症状も軽くADLも完全自立しておりますのでまだお気楽な自堕落生活を送れていますが、今後自由な活動が出来なくなったときに今のように平静を装う自信は全くありません。本質はとってもちっぽけで弱い人間ですから。それでも出来るだけ頑張るつもりでいます。今後は多分愚痴っぽい読むに堪えない内容になっていくでしょうがそれでもよろしければ最後までお付き合いいただけると幸いです。応援ありがとうございます。」

翌朝、阿蘇外輪山の日の出の撮影に行かれた。まだ元気だったらロードバイクで上っていかれただろうがもう平地でさえ無理だからとおっしゃった。私が宿に着いたときにはすでに撮影から帰えられていた。「雲海は出ませんでしたが好い感じでしたよ」と興奮しながらも笑顔だった。その写真はすぐにブログにアップされた。撮影場所は狩尾峠、ラピュタ。三枚アップされているが最初の一枚が特に素晴らしい。阿蘇平野に絹のような薄雲が漂いうっとりするほど美しく荘厳でさえある。エントリーされたブログのコメントの返信には、「わたくしも日の出前後の外輪山を経験するのは生まれて初めてで(もちろん車でも)。いい経験ができました。ほんのちょっとだけ神様がご褒美をくださったのでしょう。」


脳外科医さん、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

いずれ再会したとき、今度はあなたのおごりの山崎で乾杯しましょう。

それまで脳外科医さん、秘かな愉しみを。


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  1. 2014/01/14(火) 10:51:51|
  2. その他
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

清美さま

今でもときどき思い出します。
わたしはブログが縁でお知り合いになれたので脳外科医さんとお呼びしていました。その脳外科医さんの日記帳ともいえるすばらしいブログは今は閉鎖されています。

散るように逝かれた脳外科医さんも「ある時期までは公開する」という意志、おそらくそうされたであろうとご家族の配慮かと思います。
脳外科医さんが亡くなったあと追悼サイクリングや誕生日サイクリングなどの話もありましたがこれも脳外科医さんだったら「もういいから」と聞こえてきそうな判断によるものと思います。

自分でお撮りなった写真の中でわたしの家の近くにある菊池神社の参道の写真を気に入られておられました。わたしは少しの間だけのお付き合いでしたがここを通る度に懐かしく思い出します。
  1. 2014/07/25(金) 09:45:00 |
  2. URL |
  3. コルナゴ部長 #-
  4. [ 編集 ]

賀来隆之のご冥福をお祈りします

熊本を離れ20年以上がたち、ふと昔の居住地を地図でたどっていたら、電車通りにある病院がさら地になっていて、???と思っていたら、訃報のブログがあってビックリしました
五福小学校で同級生でした
頭が良い目が大きな顔が浮かんできます
あの頃では珍しいコンタクトレンズをしていて、体育か何かの授業の時に落としてしまって、皆でさがした事もありました
実家の後をついで、立派になられたと思っていたら…
病にはかてないものですね
すみません、突然コメントしてしまって…
あまりの驚きにコメントしてしまいました

思い残す事もあったでしょうが、駆け足でいってしまっまんですね
ご冥福をお祈りします

  1. 2014/07/24(木) 20:29:15 |
  2. URL |
  3. 清美 #-
  4. [ 編集 ]

ひんかぴー

君のお父さんは昨年だったね。病気が判って早かったと聞いてたから「死」を考える時間もなかったことだったろう。

脳外科医さんのことは、ここに書くかずいぶん迷いに迷ったけど、
最後となった阿蘇の写真、狩尾峠の日の出を撮られたとき、
「ほんのちょっとだけ神様がご褒美をくださった」という言葉に
思わず背中を押されてしました。

いい方だった。
残念で残念で仕方がない。
  1. 2014/01/17(金) 15:39:22 |
  2. URL |
  3. コルナゴ部長 #-
  4. [ 編集 ]

NoTitle

先日お話されておられた方ですね…当然自分はお会いした事はありませんし、お話をお伺いしただけですが、実父と重なる部分もあり、心から長生きして欲しいと思っていました。
生前は、1日1日を精一杯生きておられたのだろうなと思います。
全くの他人が申し上げるのも恐縮ですが、心よりお悔やみ申し上げます。
  1. 2014/01/14(火) 16:40:23 |
  2. URL |
  3. ひんかぴー #-
  4. [ 編集 ]

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