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コルナゴ部長の阿蘇天空の旅

Trip Tips in ASO Big Sky

弱虫ペダルから学ばせてもらったこと

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弱虫ペダルの作者である渡辺航先生は、毎年盆に自走でブログにあげながら帰省されおり、今年は富山からスタートして神戸からフェリーで新門司港に着き、九州を横断してハウステンボスがゴールの5日間で880kmを走る自転車旅、「ツールド夏休み2019」をされた。そこでハウステンボスから自宅へ自走される際にご一緒させていただき、前職の宿が劇場版弱虫ペダルの主人公チームの合宿先ということから、全国各地から訪ねて来られるファンの方と4年間接して感じたことをお話しすることができた。

熊本を舞台にした「劇場版弱虫ペダル」とのきっかけは、アニメ制作会社トムス・エンタテインメントの伊藤元気さんから届いた1通のメールから始まった。前職の旅館を主人公チームが泊まる宿にしたいのでその取材の件と、熊本城をスタートしてゴールは牧ノ戸峠と渡辺先生が決められていたのでその間のコースについて尋ねられた。

コースについては吉田線で阿蘇山へ上り坊中線から212号、ミルクロード、やまなみハイウェイ、牧ノ戸峠ゴールというコースをお話した。わたしからは日の出には感動的な景色となる特別の思いの「ラピュタ(狩尾峠)」を是非とも取り入れて欲しいと紹介したら、すでに先生はご存知のようだった。ただ、道が狭く下りはたいへん危険なので、レースコースには出来ないので感動的なシーンにと話したら、これもすでに想定されていたようだった。
映画用に撮られたのが秋も終わりでラピュタの草原は枯野になっており、映像を見られた渡辺先生は「真夏の青々としたものが欲しい」と聞いて、山肌を覆う草原がまるで生き物のように風になびく景色を求められていると思い、地元テレビ曲から撮ってもらったラピュタを上る自分の動画を送ると、「たいへん参考なった」とお聞きした。

映画公開の2週間前に日刊スポーツからタブロイド判で「弱虫ペダル新聞」が発刊された。劇場版弱虫ペダルの情報が満載された初の専門誌には二つの劇中のコースが大きく見開きで紹介され、その担当として取材に来られた現在Cyclist編集長の澤野健太さんと打ち合わせ、熊本にファンの方が来られた際に周遊できるよう自転車に関係する立ち寄りスポットを紹介した。なかでも自転車御守りで知られる「浮島神社」さんにはファンの方もよく足を運ばれたようだった。





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2015年8月28日に「劇場版弱虫ペダル」が全国の映画館で上映されると、トムス・エンターテインメント伊藤さんから、「お宿にもかなりの反響があるかも知れませんよ」と言われた。確認用に頂いたDVDの絵コンテには館内がリアルに出ており、これがそのまま映画になっていたらまさにそうだと思った。公開後しばらくすると、次から次に玄関の暖簾の前で写真を撮る人たちが増えて、阿蘇のアニメツーリズムの狼煙となった。

実際に映画を見にいったら、宿が隅々までスクリーンに映し出され、カメラで撮られた映像がそのままアニメに変換されてそこに人物が描写されていた。早朝のラピュタは、自転車で来られるお客さんに案内していたコースの通りだった。玄関を静かに出る細やかなところや、わたしが何十回も走った風景がそのままで鳥肌が立つ感動だった。
いよいよ日の出の出会いのシーンを迎えると、ストーリーというよりも、朝陽に照らされる黄金色の雲海、爽やかな風、草原の匂い、しっとりした空気感までがリアル過ぎて、これを多くの人が見るんだと思うと涙がこぼれ、隣のいる家内に隠すのが精一杯だった。

「行けばどうにかなる、行かなければ何も始まらない」を合言葉に、阿蘇駅には輪行で訪れたジャージ姿の若い女性が、好きなキャラクターが乗る買ったばかりの自転車を組み立てるという珍しい光景が見受けられるようになった。自転車で来られた方の絶対の目的は、「日の出にラピュタに行く!」 ことだったので手書きの地図を作ってあげた。東京や大阪から苦労して来られて、「日の出に間に合わない、迷わってしまった」と、いう悲劇がないよう信号も街灯も無い真っ暗な道のため念入りに徹底して教えてあげた。脳内ホルモン全開の一般のファンの方も続々と阿蘇を訪れるようになり、レンタカーやタクシーでラピュタを上から眺めた風景がSNSで拡散していったようだった。そして宿では弱虫ペダルファンが新たな顧客層となっていった。劇場公開から4年経った現在も阿蘇に来られるファンの方はまだまだ続いているようだ。





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こうして全国から来られる現実からトリップしたような熱烈なファンの方が宿の日常になり、まさに聖地巡礼のように何度も来られる方も増えていった。映画のエンドロールに宿名と「コルナゴ部長」の名があったので、わたしも尋ねられるようになり、劇中のシーンに出てくる館内の案内や、コースの行き方など、パンクするほどの思いで来られる方の夢を少しでも叶えてあがられるようにした。

そうしたことが「宿の人」と「お客さん」という立場を超えて気軽にお話できるようになった。そこで解ったのが、若い女性がいきなり高価なロードバイクを買うことや、好みのキャラクターが来ているジャージやグッズを身に付け、遠くから飛行機や新幹線、若い方には安くもない宿泊費まで払って来られる理由は、単に熱烈なファンの聖地巡礼や、SNSで友人と知り合って盛り上がるということだけではなく、弱虫ペダルをきっかけに、「やれば出来る」、「夢に挑戦する」、「負けても次のステージがある」、という自分の生き方に対して学んだ方が多くいらしたことだった。





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2017年ツール・ド・フランス第1ステージのデュセルドルフにてドイツ人ファンとYUKOさん

例えばYUKOさんは弱虫ペダルをきっかけに、自分への挑戦に目覚め、仕事を辞めて語学留学し、卒業後は英国にしばらく滞在して欧州を周遊したり、ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアの観戦に帰国後の現在も行かれている。宿の最後の日の会った方は電動バイクに乗り換えて乗鞍の上位に入賞されるようにもなられた。






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劇場公開の2015年だったか、YUKOさんは友達4~5人のグループで宿に来られた。申込みをされた方とお話したら、「YUKOは弱ペダに影響されて英国の学校に行くことになって、それで送別会を兼ねて来たんだよ・・・・」
そして、2年後のこの日は英国を前日に経ち、2017年100回記念大会のジロ・デ・イタリア最終日にミラノでYUKOさんと再会することになった。アニメってそんな力があるのかと思い知らされた日だった。





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このようなわたしが体験した「劇場版弱虫ペダル」がファンに与えた影響を渡辺航先生に直接伝えたかった。そして、自転車仲間の力添えで、一緒に走り、お話しする機会を得て、夢がやっと叶った。

劇場版弱虫ペダルは自然災害で苦しんだ阿蘇への応援にもなりそれは現在も続いている。ファンの方には、昨今の生き方のマニュアル化に対するしなやかな抵抗のような勇気と、自信と、自立を与えたことに、アニメの絶大なる効果に驚かされた。このことをお伝えてすることが出来て、「コルナゴ部長」としての役目がやっと終わったような気がする。そして、今のわたしも多くのファンのみなさんと接して、挑戦することを学んだ。

2016年4月の熊本震災、10月には阿蘇山の水蒸気噴火で阿蘇は大きなダメージを受けた。そのため夢に描いていた2017年の100回記念大会となるジロ・デ・イタリアの観戦を諦めようとブログに愚痴ったらYUKOさんから「コルナゴ部長らしくない!」の一言で目覚めた。このことは後半折返しの自分の人生に大きな影響となって感謝している。
渡辺航先生、お会いした弱虫ペダルファンの皆様、ありがとうございました、弱ペダ万歳、万々歳なのである。





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2012年ヘリより撮影(協力 カルキフーズ)

最後にこれからのラピュタについて一言。
お会いしたみなさんが絶対に行きたいところはラピュタだったが、誰にとっても現実離れした特別な絶景スポットに違いはない。
阿蘇北外輪山の断崖を縫う峠道はまさに「天空の道」の名の通りである。この峠道を初めて知ったのは2010年の夏の終りだった。ひとりでミルクロードを走っていたら降り口を見つけ突端に行くとその絶景にしばらく見惚れていた。それから朝夕何度も通った。そのことをブログで紹介したら「ラピュタの道」と教えてくれた方がいた。バイクの人たちには知る人ぞ知る峠道のようだった。だから当然ながらわたしが発見者でも、名付けた道でもないけど、ブログの中では徐々に盛り上がっていった。

早朝の日の出の時が一番の見所だ。雲海が出ていなくても朝霧とオレンジの空の対比は素晴らしかった。映画では阿蘇五岳が雲海に浮かぶ日の出というラピュタの象徴的なシーンになった。それは幻想的で、神々しく、涙を浮かべる人もいた。現在は熊本震災以降、立入禁止のままだが、将来において自転車で上るという考えから、上から眺める、もしくは登山道のようなものが出来れば歩いて登るということが出来るようになれば思う。痛々しく傷ついても、崩れず、踏ん張っている勇姿を、是非もう一度見せてあげたいものだ。

その現実的なひとつの考えとして、8月21日から11月24日まで「阿蘇シェアバイク導入実証事業」という電動アシスト自転車(e-bike)に無料で乗ることができるサービスが行われ、将来的には有償の観光サービスにつながることを目的としている。これが導入されれば、坂道が苦手な方も早朝のラピュタにも気軽に行くことができる。

8月18日にe-bikeの試乗会がありガイドとして年配の方からお子さんまで案内してきたが、参加された方全員が気軽に乗れて驚くほどのパワーに感動されていた。自転車に乗れさえするなら阿蘇駅からラピュタまで往復することも余裕である。現在e-bikeは阿蘇駅を含め阿蘇市内4箇所で借りることができるので実証期間中是非試していただきたい。

「阿蘇に来たらこんなのがあった・・」ではなく、「これに乗って日の出のラピュタを見に行くんだ!」という阿蘇に来るための明確な目的になる。だから上から眺められるようになれば思う。





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2010年最初にラピュタに出会った頃、とても若々しい。





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2012年3月 
野焼きの後、春の阿蘇の風物詩・・・
のどかな風景だったが
この年の7月、九州北部豪雨に襲われ・・・





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麓から歩いて行ったが
もうだめだろうと思った・・・






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2013年5月、農耕車も通るようになって
またいつものラピュタに復活
この道は農家の方が草原で刈った草を
麓に下ろしたりする農耕車両が通るのが目的なので
道は荒れ、離合もままならない山道
なので自転車は上りだけで、下りは危険ゆえ厳禁
農耕車両が来たら道脇に降りて通過させることなど
言ってきたが・・・





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ここを紹介したまさかの観光パンフレットが
20万部とか大量に配布された・・・
当然、クルマが上から下から押し寄せ
離合できない道でクルマが立ち往生する光景や
側溝に脱輪するレンタカー
この道の優先車両である農耕車に支障をきたした





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日の出を見に行くと
いつもは誰もいないラピュタが・・・





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朝5時だというのにこの人だかり
クルマで来た人はミルクロードに停め
朝から渋滞するようになり
日曜には警備の人が出るようになった
そして、ついに農耕車以外
『立入禁止』 になってしまった






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2016年4月15日熊本地震の翌日
ラピュタが終わった。




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2016年7月 余震や風雨で崩壊が続いている






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地震直後に撮ったラピュタの写真を
スマホで見ながら書いていただいた
ラピュタのことは
もう終わったと封印していたが
この貴重な色紙を見たら
今までのことを反省しながら
また見れるようになればと
これまでの経緯と自分の気持ちを書いた





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過去から未来へ、ペダルを回そう。






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小野田君がラピュタを見たのは2015年夏

また、見せてあげたいんだな。






FLUCTUAT NEC MERGITUR 
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  1. 2019/08/29(木) 10:33:16|
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阿蘇の噴煙を眺める三峠超え

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阿蘇の穏やかな景色の中に青空に昇る阿蘇中岳の噴煙が加わった。
わたしが住む火口から30キロ離れた菊池市にも風向きによって火山灰が降ってくる時もある。そんな日は洗濯物を外に干せないし、窓も開けられないため、風向きや降灰の予報サイトを見るのが毎朝の日課になってきた。

そうなると、「阿蘇でサイクリングなんて出来るのか」と、思うところだが、噴火当初は北東の風だったので、坊中線や赤水線で草千里や阿蘇山西駅など火口近くまで行っていた。最近はずっと北西の風が続いており、火口から北東や南東の方面では全く降灰の影響がなくいつもと変わらない阿蘇サイクリングができる。中岳の4〜5キロ先の箱石峠や日ノ峠からは、灰色がかった噴煙が一定ではなく、不規則に、時に薄黒く、まるで生き物のように空に吐き出されているのが見える。それは誰しもが地下深く眠っている途方もなく巨大な火の塊の存在を感じるのではなかろうか。

阿蘇サイクルツーリズム活動をサポートしてもらってる自転車仲間から火山に関する情報を教えてもらった。それは自転車という無防備な乗り物では火山に近づかず、離れたところから見てリスクを減らすということだった。規制区域は兆候や経験則というセオリーで決められたもの、経験則は破られるのはふつうであり理論ではない。単に人間が決めたものに絶対安全という「絶対」はないということだった。

わたしは飛行機には出来ることなら乗りたくはない。離陸の時の浮遊感、突然の気流の変化なんて死にそうなくらい怖い。でもツール・ド・沖縄に行くのに船旅は有り得ないし、海外遠征も今後続けて素晴らしい景色をこの目で見てみたい。しかし、国の基準や厳格な規制を満たしていても墜落の可能性は「絶対」ないとは言えない。その危険を承知でわたしは飛行機には乗るが、リスクを減らすために航空会社は選ぶようにしている。同じように噴火活動中の阿蘇を自転車で走ることについても火口から距離をおいて、巨大な火の塊の息吹と共に、阿蘇の雄大な自然に触れ合うことも個人の選択肢として確かに必要だろう。火口から離れてからこそ雄大な景色を堪能することができるコースもあるわけだから。






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先日、某BSの名山縦走番組で中岳山頂から中岳第一火口を俯瞰する映像を見た。中岳火口へは阿蘇山公園有料道路(自転車は無料)で何度も自転車で登っているが、中岳山頂から見る火口の眺めは初めてでその雄大さに感動した。富士山に登っては富士の景色は拝めない。雲海に浮かぶ涅槃像に見立てた阿蘇五岳もカルデラの対岸に当たる大観峰や付近のミルクロードからしか眺めることはできない。ちょっと距離をおいた方がより阿蘇の雄大な自然に触れ合うことが出来るはずだ。
自然を敬い、景色を愛でる山岳信仰アミニズムの流れるこの邦では、山岳は諸人禁制の修験道の場であったのはつい百年程前のこと。雄大で時として猛々しい自然に敬意を払い、その分ちょっと距離をおいてもっと楽しむ、無事に思い出を持ち帰るための鉄則の一つ、自転車乗りの心得でもあろう。というとで、前職の時に何度も利用してもらった2組の方に誘われて阿蘇を走ってきた。今回は2日間とも同じコースとなる火口から距離をおいて走る「阿蘇の噴煙を眺める3峠超え」の紹介だ。








北西の風対応の阿蘇3峠超え 83.9km 獲得標高1537m

道の駅阿蘇→小嵐山の峠→草原の道→県道45号→やまなみハイウェイ→ミルクロード→国道57号→町古閑牧野道→箱石峠→国道265号→日ノ尾峠→阿蘇神社・門前町→県道110号・国道212号→道の駅阿蘇






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道の駅阿蘇をスタートして噴煙がよく見えるルートを選んで小嵐山に向かった。
ミルクロードから見るのとは桁違いの迫力だ。(火口から9キロ地点)






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8月9日に案内したのは東京の津田さんグループ







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翌10日は北九州の山家さんグループ
二組の方とも何をしてるかというと、阿蘇に伝わる礼拝の儀式や、コンタクト探しをしているのではなく、「この小嵐山の峠道は阿蘇山につながっているように見えますよ」と教えて、写真を撮られている。






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小嵐山の頂上
噴煙の流れがよく見える。(火口から10.5キロ地点)







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小嵐山からミルクロードの下を通って草原の道へ。
ここはクルマがほとんど通らず、放牧の牛を眺めながら広大な草原の道を貸し切りで楽しむことができて阿蘇の道の中でも一番好きなところだ。県道45号に出たら右折してやまなみハイウェイを阿蘇方面に下るとキャンピングカーのエアストリームが見えてくる。






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「阿蘇の森」で補給。





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コーラ瓶片手にテラスで休憩もいいが、2階があって








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360度パノラマビューを見ながらの休憩がおすすめだ。






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ランチは「阿蘇の森」から1キロほどの「阿蘇やまなみ夢広場」
この時期におすすめなのが「冷やしうどん」だ。
一見、普通のうどんのように見えるが、麺はもちろん、つゆも丼も冷たくて、ごぼう天も冷たくカリカリの食感になっている。つゆも全部いただいたら塩分と水分補給にもなりそう。

ここからやまなみハイウェイを下り、「エルパティオ牧場」を過ぎ右折したら、クルマが少なくなり、見晴らしいのいいアップダウンが続く。そこでは全開のアタックごっこが面白い。







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57号に出たら右折し1キロほどにある「食事処峠」の手前の細い道が町古閑牧野道の入り口だ。しばらく上りで杉林を抜けると放牧の牛を止めるための「牛止め」が2箇所あり凹凸があるので必ず自転車から降りて通ること。ここからはアップダウンしながら進むと、やがて根子岳の横から立ち昇る噴煙が見えてくる。







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箱石峠の上のアンテナが目印のところが一番のビュースポットだが、このガードレールの横は牧野組合の方が草を刈ってありそこからが絶景。







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 西に流れる噴煙もよく見える。(火口まで6.5キロ地点)
風が吹き上げるところなので、汗で濡れたジャージのジッパーを開けるとすぐに乾く。ここでは時間をかけて景色を楽しみたい。
265号に出て135号の合流するところから2.4キロ下り、阿蘇南部広域農道から3.5キロで阿蘇山の中央火口丘の根子岳と高岳の間にある日ノ峠入り口となる。








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集落を抜けて鍋平キャンプ場を過ぎると牛止めと鉄条網で仕切られた放牧地になり、いよいよ日ノ尾峠の上りが続く。頂上まではセメントの荒れた道だが、峠の先からは水害や地震で改修されところはアスファルト道となる。クルマはほとんど通らず登山禁止のため人もいない。聞こえるのは鳥の声と落ち葉や枝を踏むタイヤの音、静かな静かな山の道だ。

この峠道は阿蘇と南郷(高森や南阿蘇)を結ぶ道として古来から重要な役割を果たしてきた。かって南郷方面の人々は阿蘇神社詣でや宮地郡役所へとこの峠を往来する主要路だった。大正8年、北野繚之助 「根子岳」 (雨の火ノ尾峠)には当時は茶屋もあり、その真下には17戸ほどの寒村、火尾村(日ノ尾)があったという。火山灰の土地を耕し、噴火の度に火山灰がよく降り、生活するには厳しい環境だったが、阿蘇氏がここを関所のようにして藩士の一部を住まわせ、その末裔の人々が住んでいたと記してある。

消えた集落、日の尾村、峠道からは杉や檜の山林以外何も見えないがグーグルマップには「天狗神社」がある。図書館で調べていたら、岩下平助編著「根子岳山麓に生きて」には当時、東往還と呼ばれた265号と西往還の日ノ尾峠の間に集落の地図がありそこには天狗堂と書かれ、分教場や水車小屋、鍛冶屋まであったようだ。そんな当時を想像しながら走るのがこの峠道の好きな理由である。









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 放牧地の中の道のため普通に牛がいる。













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なかなか出来ない濃い体験でもある。








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ここからは噴煙も見えないし、噴火があっていることすらわからない。







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日ノ尾峠(990m)の頂上








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昔は根子岳と高岳がよく見えていたことだろう。
現在は雑木と戦後だろうか植林された杉林に覆われて景色は無い。お陰で夏は涼しく快適な峠道である。











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宮地駅方面に少し下るとこのような景色が見える。









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別荘地がある開けたところでは鷲ヶ峰連峰の稜線に高岳がそびえ、生き物のように変化する噴煙が見える。ここが今回のコースで火口に一番近い4キロ地点となる。









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日ノ尾峠を下ると宮地駅がある。その先が阿蘇神社・門前町だ。
最後のエイドは「ラ・ルーチェ」のレモネードと、「たのや」の定番シュークリーム生地にアイスが入ったアイシューが自転車乗りにおすすめ。






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門前町からは阿蘇山がよく見える110号で帰った。
噴煙を横目に追い風でビュンビュン走るとあっという間に到着。






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9日の朝、道の駅阿蘇でこの日一緒に走った津田さんから、真っ黒になった自転車乗りが水場に急がれて驚いた聞いた。察するに風向きを考えないで朝一番に草千里に行かれたのだろう。この日は阿蘇駅周辺ですら火山灰が降っていたので坊中線は相当凄い状態だったと思う。その中を走ったものだから汗により火山灰が体中に着き、パリ・ダカールか、雨の日のパリ~ルーベを走ってきたかのようだったのだろう。

南東の風で流される火山灰を避ける阿蘇3峠超えを走られたみなさんは涼しさも絶景にも満足されたようだった。これからも噴煙を避けて快適なサイクリングができるようなコースを考えて紹介していきたい。今の状況ならば仙酔峡は行かないほうがいい。草千里も厳しいかも知れない。南西の風に変わらなければ、日ノ尾や箱石峠付近はこれからも十分楽しめるだろう。もっと遠くから見たいという人は、ミルクロード周辺からもよく眺められる。小国・南小国付近もサイクリングに絶好のルートがたくさんある。いずれにしても、気象条件や風向きなど事前に調べて、安全に、自分に合った阿蘇ライドを楽しんでいただけたらと思う。


8月24日(土)と25日(日)に阿蘇ライドと24日夜はBBQもやります。コースは今回紹介したのも予定しますが、その時の風向きによって決めたいと思っています。ご希望の方は道の駅阿蘇サイトからエントリーください。

エントリーフォームhttps://docs.google.com/forms/d/1vmkFgyMxHjggJ1vQcOC6LGvBrvbe0CvZCqZKDv0oIl0/edit 

 





風向きや降灰の予報サイト

気象庁 阿蘇山の活動状況
https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/activity_info/503.html
阿蘇山上空の風
http://www.jma-net.go.jp/kumamoto/volcano/index.html






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  1. 2019/08/16(金) 14:17:30|
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走る豚

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11年振りに「やまあい村」を訪ね現在代表をされている息子さんの武藤勝典さんからお話を聞かせていただいた。
やまあい村とは菊池渓谷の麓の山深い中間産地の更に県道から分け入ったところにあり、自然農法に従い椎茸の原木栽培や有精卵・無農薬野菜や米など高品質な商品を家族で生産されている。中でも看板商品は山を切り開いた30箇所の広大な土地で豚の放牧をされており、「走る豚」というブランド名で出荷されている。






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さて、久し振りにやまあい村を訪ねたのは、自転車仲間のサルトさんが神戸を散策中にイタリアレストランの飾り窓から菊鹿シャドルネのボトルを見つけ以降何度か通われていた。6月に小豆島遠征した際にサルトさんとそこへ食事に行ったらご主人と話がはずんで菊鹿ワイナリーと菊池の食材&コントルノ食堂を訪問されることになり、やまあい村を訪ねることになった次第。
ということで神戸は北野のイタリアンレストラン「BOND」オーナーの原田さんと台風上陸の2日間、自分も一緒に学びながらご案内した。





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豚の生産というと、気温を一定にするため外気から遮断され、メンテンナンスしやすいコンクリートの狭いスペースで肥育する畜舎を思い出すが、ここはまさに阿蘇の草原で見掛ける牛や馬の放牧であり、違いは地面が草原か剥き出しの土かだけである。四駆の軽トラで山を上って放牧地に行くと走る豚と再会、さすがに今の季節は暑くて走り回っていないが、木陰から水場へ歩いてではなく、やはり走っていた。






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2008年1月にやまあい村に走る豚を見学に行ったときのブログでの感想
「さて、走る豚ですが、山を切り開いた広大な《運動場》がいたるところにあり、それぞれ10数頭飼われていました。奥さんに案内され、山を少し登ったところに行くと、いました、鼻で土を掘り返す豚を発見、近づくと突然奇声を上げ、一気にすごいスピードで走り去りました。まさしく野生の豚だ! しばらくすると我々《侵入者》を安全とみたのか近寄ってきました、今度は愛らしく、ブヒブヒと鳴きながら《野生の豚》が《ペット豚》に変身しおねだりしたりします。そして、予想していたあの獣臭が全くありません。体も綺麗だし、これは豚の別物ですね・・・」







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放牧後の土地はしばらく休ませる必要があり現在30箇所、飲水は菊池渓谷の水を数キロに渡り引いて使用されている。そのような手間と信念を持って育てられた「走る豚」は、しっかりと運動するため体が大きくなるのに日数がかかり、その分エサも多くなるため価格に反映するが、菊池の自然が凝縮された稀少なものだとあたらめて感じた。
原田さんも走る豚の育つ環境と武藤さんの信念を高く評価され、コントルノ食堂のメイン食材とされている走る豚の試食が楽しみのようだった。やまあい村の後は菊鹿ワイナリーや五郎丸のシャドルネ畑、メロンドームを訪ね夜はいよいよコントルノ食堂に行った。





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コントルノ食堂に予約の時間に行くとすでに原田さんは来られていた。





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まずは走る豚パテ





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飲み物はイタリアビールのあとバーボンハイボールで一息






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前菜はいつものように盛り合わせで。
七城メロン肥後グリーンとパルマハム、菊池産モッツァレラと白桃、自家製生ハム、人参のアーモンド和え、パプリカのソテー





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ワインはレアなキュヴェ玉名2017
玉名市産樹齢50年超の古木のマスカットベイリーA





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パスタは迷ったのでコントルノ食堂定番のポヴェレッロ、目玉焼きとチーズのスパゲットーニ





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夏のトリッパトマト煮






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コントルノ食堂の自家製パンは、旭志鞍岳の麓、ろのわのオーガニック栽培された自家製粉が美味しさの秘訣。






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コントルノ食堂がメイン素材とする走る豚はグリルで
神戸の人にも是非
それまで待てなかったら是非菊池へ







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やはり足を運べば挑戦するヒントが得られる。
これが結論。
翌日は台風で予定していた訪問ができなかったがそれでも実りある2日間となった。
わたしもやまあい村ではいい経験をさせてもらった。
貴重なお時間に訪問させていただいた武藤勝典さんに感謝申し上げます。





FLUCTUAT NEC MERGITUR 
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  1. 2019/08/07(水) 14:26:16|
  2. おすすめ食事処
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やまなみハイウェイで阿蘇へ

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大分県別府市と熊本県阿蘇市を結ぶ県道11号は「やまなみハイウェイ」と呼ばれる日本百名道のひとつです。この道はもともと大分県由布市の水分峠から熊本県阿蘇市一の宮までの有料道路で当時は「別府阿蘇道路」と呼ばれていました。
沿道には由布岳や噴煙立ち昇るくじゅう連山、広大な草原の久住高原や飯田高原、瀬の本高原など素晴らしい景観の阿蘇くじゅう国立公園の中を通る観光道路です。そのためサイクロードとしても日本屈指の人気コースであり、阿蘇を自転車で訪ねる魅力のひとつとして紹介します。





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阿蘇に来るルートとしてお勧めなのが大阪や神戸からのフェリーがあります。出航が夕方過ぎで翌早朝には別府港や大分港に着くため、阿蘇にお越しの自転車旅の方によく利用されています。また、愛媛県の八幡浜から別府港行きのフェリーを利用すれば「しまなみ海道」と合わせて楽しむこともできて「しまなみ・やまなみ」、海道と山道という大規模なサイクリングコースへの展開も期待されています。






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別府から阿蘇までのルートとしては、別府市の九州横断道路入口交差点を起点とし、国道500号から県道11号、阿蘇市の県道45号通称「ミルクロード」から国道212号で道の駅阿蘇を終点する約103kmとします。





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別府港から起点となる九州横断道路への入口の交差点「九州横断道路入口交差点」





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大分港から国道10号線を別府方面へ行くと「東九州道・湯布院」へ左折する標識があり、その先が起点となる「九州横断道路入口交差点」





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国道500号と県道11号が合流する交差点(坊主地獄先交差点)
水分峠までは上りが続くのでこまめな水の補給と車両も多いので注意が必要ですが、それを抜けると由布院のシンボル由布岳の登山口からの豪快なダウンヒルや、由布院の街並みを見下ろす蛇越峠、九住連山を一望しながらの2kmの直線、長者原では噴煙たなびく硫黄山、牧ノ戸峠からは瀬の本高原とその先の阿蘇五岳の雄大な景色、さらには牧の戸峠・瀬の本高原からの10キロ続くダウンヒル、ミルクロードでは大観峰からの阿蘇五岳を涅槃像に見立てる展望などサイクリストならでは魅力が随所に点在しています。





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やまなみハイウェイ沿いにある由布岳登山口
海抜0mからスタートしたので780m上ったことになります。





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由布岳登山口を過ぎてからのダウンヒル





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2kmの直線




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九重夢大吊橋までは4km弱






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観光道路のため大型の輸送車両車はほとんど走らないため快適なサイクリングが楽しめます。





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長者原から見るくじゅう連山の噴煙





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長者原のタデ湿原






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牧ノ戸峠から瀬の本高原の先に阿蘇五岳





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大観峰から阿蘇平野を見下ろしその先に阿蘇五岳が涅槃像に見えます。
ミルクロードから212号を7.5km下ると内牧温泉入口、そこから一本道を6.5キロ走ると道の駅阿蘇に到着します。





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やまなみハイウェイの大部分が標高600m以上で木陰も多く涼しくて走り安いコースですが、長い上りやアップダウンで体力を消耗しますので水や補給食はこまめにおこないましょう。
100km超えるコースで2500m近く上りますので、荷物は事前に宅配便で宿泊先や宅配営業所留めで送っておくと楽です。また、フェリーを降りたら近くにコンビニがあり走行に必要な物以外は宅配で送ると翌日には着きますので少しでも身軽になって普段通りのスタイルでサイクリングを楽しみましょう。

下記のアドレスはルート作成アプリ「Ride with GPS」で作った「別府からやまなみハイウェイで阿蘇へ」の地図になります。サイクリング専用アプリですからとても見やすいので難易度等参考にして自走で阿蘇へお越しください。

「別府からやまなみハイウェイで阿蘇へ」
https://ridewithgps.com/routes/30579669




FLUCTUAT NEC MERGITUR 
 --- 漂えど沈まず ---



























  1. 2019/08/01(木) 13:07:46|
  2. ロードバイク
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プロフィール

Author:コルナゴ部長
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自己紹介
2019年6月1日より道の駅阿蘇サイクルアドバイザーに就任しました。
菊池温泉と2012年から阿蘇内牧温泉で旅館業の傍ら、2007年からロードバイクとブログを同時に始めて多くの自転車乗りの方と接することができました。この経験を生かし阿蘇で楽しむサイクルスポーツの魅力を発信しています。

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