今朝の通勤ミルクロード、
昨日からの強風が、ゴミや埃を吹き飛ばし、さぞや澄みきった眺めだろうと北山展望所まで来ると、
霧、それも濃霧、
ライトを点灯してしばらく走っていると、霧は晴れたが下界は見えず、雲に隠れたミルクロードだった、
大観峰の手前から象ヶ鼻に寄り添うように212号を下る、
すぐに霧が晴れ、水を張った田んぼに喩えられる「千枚鏡」は見えたが、今度は阿蘇山が雲に隠れている、
外輪山は週に数回このような天気、
霧の阿蘇もしっとりして風情があるのではないだろうか、
昭和7年、与謝野寛 晶子夫妻は娘さんと三人で杉の間にお泊りになり多くの歌を詠まれた、
その30周年を記念し昭和36年、宿の庭に与謝野夫妻の歌碑を建立、イタリア製大理石が埋め込まれた石碑には、
大きな石碑に、「霧の色ひときは黒しかの空にありて煙るか阿蘇の頂」 寛
小さな石碑に、「うす霧や大観峰によりそひて朝がほのさく阿蘇の山荘」 晶子
与謝野晶子さんは宿泊した感想を手紙に記されている (近藤晉平著 「寛と晶子 九州の知友たち」より)
「--前略-- 泊めて頂いた永田氏は此の地の旧家で、氏は此の地にある加藤清正時代の城址の古木である綾杉の一本の大樹を材として、三年振りで広い新邸を建てられ、まだ内部の設備が十分出来上らないので引移られないのですが、私達を泊めるために月の初めから新しく畳を入れたりして待受けて下さるのでした。主自らの工夫で、綾杉の巨材と美とをいろいろに利用して造られた立派な建築は、私達のやうな素人にも現代に少ない代表的な建築だと感歎せられるのでした。主人のお話に由ると、この建築を見て、土地の人々に樹木を尊重する気風が今更の如く生じたと云ふことです。阿蘇の外輪山のなかで此の地だけが豊富に温泉が湧き、この新邸の浴室にも溢れて居ました。--後略--」
「今や外国の方にも感歎せられるのでした・・・」
杉の間はブエルタの国からやってきた若者4人が癒されていた、
庭の池に咲く睡蓮はご年配の方々に
万葉集にも詠われたアサザはお若い方々に
イタリアンロッソのロードバイクはわたしに
「今日仰ぐ大観峰は霧深し阿蘇つ媛来て遊ぶ日ならん」 晶子
阿蘇の山々の神秘性を象徴する歌とされる、
82年の時を経て山の情景はほとんど変わっていない、
C60で走る霧の阿蘇はもうすぐ、
エルネスト・コルナゴ殿、
御懇情を承り候。
FLUCTUAT NEC MERGITUR --- 漂えど沈まず ---
- 2014/06/04(水) 17:00:15|
- ロードバイク
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8日、自宅直送です。
風の住処さんが壱岐でゴールするまでには届いています。
当選の知らせのあと、すぐにコイデさんに相談したんですが、試乗車はほとんど完成車として送ってくるから心配ないと云われておりました。
C60が届いたら午後からひとりで阿蘇へ走ります。3週間手元にありますからその間に遊びにお越しください。
もちろん我が家で鑑賞しながら泡でも!
- 2014/06/04(水) 18:27:31 |
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- コルナゴ部長 #-
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